理事長挨拶

1890年(明治23年)盛岡駅が開業。
北上川に「開運橋」が架けられ、当時は湿地帯であった「盛岡駅」と「開運橋」の間には店も張りつき始めて120年が経過しました。
盛岡駅前商店街振興組合は昭和49年に設立され、現在は構成員あわせて46人で構成しております。
盛岡駅前商店街は岩手の玄関口として、岩手に訪れる方一人一人に岩手県をはじめ盛岡市の素晴らしさを伝えたいと思い、訪れた方が岩手に来て良かったと感じていただけるようにと、“開運”をテーマとしたさまざまな活動を行っております。
これからも、盛岡駅前商店街に訪れる方々一人一人に感謝し、「この商店街にまた来たい。」と思っていただけるような、商店街を目指して頑張ってまいります。
構成員一同、笑顔でお待ちしておりますので、お気軽にお出かけ下さい。
  盛岡駅前商店街振興組合
理事長 石田 和徳

盛岡駅前商店街 概要

明治23年 東北本線上野―盛岡間開通 盛岡駅開業により自然発生的に商店街が形成された。それ以降、駅と共に発展してきた。
昭和20年3月 第2次世界大戦の空襲を受ける
昭和28年 戦災復興都市計画により現在の街区が形成された。
昭和49年6月 それまでの盛岡駅前振興会(任意団体)を解散し、新たに盛岡駅前商店街振興組合を設立した。(組合員41名)
昭和52年2月 青年部設立、放置自転車整理を実施した。
昭和57年6月 東北新幹線開通。この前後より街の近代化がなされた。
昭和58年12月

駅前通「歩道整備事業」を実施した。
内容はカラー舗道・街路樹・街路灯・ベンチ等を新たに工事した。

平成19年9月 青年部30周年記念事業「第1回盛岡駅前開運まつり」開催。
平成20年9月 「第2回盛岡駅前開運まつり」開催。「第1回盛岡駅前100縁商店街」開催。
これ以降偶数月第3日曜日に開催して多くの来街者で賑わっている。

ニ度泣き橋

盛岡駅前と盛岡の中心部を結ぶ開運橋は、別名「二度泣き橋」とも呼ばれています。
首都圏などから転勤してきた人たちの間で語られたのが由来となっており、初めて盛岡へ訪れ開運橋を渡る際に「はるか遠く寒い土地に来てしまった。」と一度泣き、転勤期間を終え盛岡を去る際、再びこの橋を渡り、二度目は離れるのが辛くて泣いたと言うことから「ニ度泣き橋」と呼ばれるようになりました。
盛岡人の温かい人柄と土地柄が感じられるエピソードとなっております。

明治35年頃
昔の開運橋開通の渡り初め
昭和20年頃
大通り3丁目~盛岡駅方面
平成21年
現在の開運橋

ギャラリー

明治35年頃
昔の開運橋の渡り初め
戦前
旧盛岡駅舎と盛岡駅前広場
昭和20年頃
大通3丁目からの開運橋
戦後間もない頃
旧盛岡駅舎と盛岡駅前広場
昭和25~26年頃
盛岡駅前広場と当時の盛岡駅前商店街
昭和30年頃
 盛岡駅前商店街(現 平戸屋ビル付近)
昭和40年代前半
盛岡駅前通(現 ぴょんぴょん舎前から)
昭和53年頃
盛岡駅前広場(東北新幹線工事と仮駅舎)